เข้าสู่ระบบショッピングモールを出た帰り道、朱里の頭の中はずっとぐるぐるしていた。
瑠奈の「平田先輩のこと、どう思ってる?」という言葉が、無限ループで再生されている。 (どう思ってるって……先輩、だし。先輩、なんだけど……) 足元のタイルを見つめながら、朱里は溜め息をつく。 ──というか、“先輩”にしては、ちょっと距離が近すぎる気もする。 映画に行ったり、コーヒーをおごってくれたり、残業を止めてきたり。 あれ、なんか普通にデートコースっぽくない?「やだ、私、何考えてるの……」 つい口に出してしまい、通りすがりの親子に怪訝そうな目で見られた。 朱里は「違うんです」と心の中で土下座しながら、駅の改札をくぐった。 翌朝。 社内の給湯室にて。「お帰宅して、靴を脱いだ瞬間だった。スマートフォンが、短く震えた。コートを脱ぎかけたまま、朱里は立ち止まる。画面を見る前から、なぜか分かってしまった。──平田さんだ。通知を開く。明日、仕事のあと少し話せないかな静かなところでそれだけの文面なのに、胸の奥がぎゅっと縮んだ。「……話す」声に出してしまってから、慌てて口を閉じる。部屋には誰もいないのに。静かなところ。仕事のあと。少し、じゃない話。全部、分かってしまう。──来る。避けてきたわけじゃない。でも、ずっと心のどこかで“まだ先でいい”と思っていた瞬間が、はっきりした形になって、目の前に差し出された。スマホを握る手が、少し震える。断る理由なら、いくらでもある。疲れている。今日は気持ちの整理ができていない。今は、聞く余裕がない。でも──「……聞かない方が、後悔する」ぽつりと、独り言が落ちる。嵩が、逃げずに言おうとしている。それだけは、伝わって
部屋の灯りを落としたまま、嵩はベッドの端に腰掛けていた。 スーツを脱ぎ、ネクタイを外しても、胸の奥の重さだけが残っている。 ──転勤。 通達を受けた瞬間から、この言葉は“事実”になった。 もう曖昧にはできない。 朱里に伝えなければならない。 けれど問題は、いつ、どこで、どう言うかだった。 職場は違う。 今日の空気を思い出すだけで分かる。 あの場所は、噂と視線が先に立つ。 LINEも違う。 文字にした瞬間、彼女の表情が見えなくなる。 誤解も、逃げ道も、そこにはいくらでも生まれてしまう。 電話も、違う。 声だけでは足りない。 沈黙の意味も、間の取り方も、朱里には伝わらない気がした。 嵩は、無意識にスマートフォンを握りしめていた。 画面には、何も表示されていない。 「……ちゃんと、向き合えよ」 誰にともなく呟く。 朱里の顔が浮かぶ。 怒った顔でも、泣いた顔でもない。 職場で見せた、あの“普通すぎる笑顔”。 あれが一番、怖かった。
瑠奈の一言が去ったあとも、フロアの空気は元に戻らなかった。誰もが“聞いてしまったもの”を胸の奥にしまい直すように、キーボードを叩く音だけが不自然に大きく響いている。朱里は、画面を見つめたまま、指を動かしていた。数字も文言も、頭には入ってこない。それでも手だけは、いつも通りに動いてしまう。──転勤。はっきりした言葉は、まだ誰からも聞いていない。けれど、嵩の背中が、今日はやけに遠く見えた。昼過ぎ、コピー機の前で、朱里は美鈴と並んだ。用紙をセットする手が、わずかに震えているのを、美鈴は見逃さなかった。「……朱里」名前を呼ばれて、朱里は小さく肩をすくめる。「大丈夫です。仕事、溜まってるだけで」美鈴は、それ以上踏み込まなかった。今の朱里には、“優しさ”より“余白”が必要だと分かっていたから。コピー機が低い音を立てて動く。その間、朱里はぽつりと呟いた。「聞いたら、何かが終わる気がして」美鈴は、紙を受け取りながら、静かに答えた。「聞かなきゃ、始まらないこともある」朱里は、何も返さなかった。ただ、コピー用紙を胸に抱え、深く息を吸った。夕方。嵩は、何度目か分からないため息をつき、スマートフォンを手に取った。
その日、部署の空気はどこか張りつめていた。嵩の転勤が“ほぼ確定”ではなく、“事実として共有されたあと”の、独特の静けさ。誰もが知っているのに、誰も正面から触れない──そんな薄い膜が、フロア全体を覆っていた。その膜を、ためらいなく破ったのが瑠奈だった。「嵩さんって、向こう行く気なんですよね?」昼休み前、給湯室から戻った直後。あまりに唐突で、あまりに率直な一言に、周囲の手が一斉に止まった。「……瑠奈」美鈴が低く名前を呼ぶ。制止のつもりだったのだろう。けれど瑠奈は、悪びれもしなかった。「だって、みんな気にしてるじゃないですか。行くのか、残るのか。本人だけが黙ってるの、変じゃないですか?」視線が、嵩に集まる。同情でも好奇心でもない。ただ、“答え”を待つ目。嵩は一瞬、言葉を探した。ここではまだ言えない。朱里にも、まだ──。「……正式な話は、これからだ」それだけ告げると、瑠奈は小さく首を傾げた。「じゃあ、朱里さんには?」空気が、音を立てて沈んだ。美鈴が一歩前に出る。「それは──」「まだだ」嵩が、静かに遮った。瑠奈は数秒、嵩を見つめてから、ふっと息を吐いた。「そっか。じゃあ聞かないです。でも──」彼女は少しだけ、声を落とした。
午後のオフィスは、いつも通りのはずだった。 キーボードの音。 電話の呼び出し音。 コピー機の低い唸り。 なのに──朱里には、全部が少しだけ遠かった。 (……何も言われてない) (誰にも、何も) それなのに。 自席に戻る途中、視線を感じる。 誰かが見ている、というより 誰もが、見ないようにしている感じ。 「中谷先輩」 声をかけてきたのは、瑠奈だった。 いつもより、ほんの少しだけ声量が抑えめ。 「この資料、確認お願いしてもいいですか?」 「……うん、いいよ」 受け取りながら、瑠奈の目を見る。 探るようでも、疑うようでもない。 でも、いつもより“距離を測る目”。 「ありがとうございます」 そう言って戻っていく背中が、妙に真っ直ぐだった。 (……勘のいい後輩って、怖い) 席に着くと、隣の部署の会話が耳に入る。 「平田さん、午後外出だっけ?」 「いや、今日はずっと社内のはず」 ─
会議室のドアが、静かに閉まった。 昼休み直前。 誰もいないはずの時間帯を、嵩が選んだ。 「……座ろうか」 そう言われて、朱里は頷く。 向かい合って座る距離が、やけに遠く感じた。 机の上には、何もない。 資料も、メモも、逃げ道も。 嵩は一度、息を整えるように胸を上下させた。 「昨日、話すって言ったこと」 「……うん」 声が震えなかったことに、朱里自身が驚いた。 嵩は目を逸らさない。 「転勤の話が、正式に来た」 ──きた。 頭では分かっていた言葉なのに、 実際に聞くと、音が違った。 「四月付けで」 「……場所は?」 聞けた。 逃げなかった。 「関西支社」 「ほぼ確定だ。最終確認だけ残ってる」 “ほぼ確定”。 それは、もう決まっているという意味だった。 沈黙が落ちる。 時計の針の音が、